「学校以外の教育は重要なのか?」への回答

「Quora:学校以外の個人教育はどのように重要だと思いますか?」への回答のフルバージョンです。
私としては「そこまで重要じゃない」と思っている、という話です。

学校以外の個人教育はどのように重要だと思いますか?

個人教育というものがどこまでの範囲を指し示すのか人によって感覚が違うのかなーと思いつつ。
まあ、単純に

  1. 学習(学校教育)に関するもの(塾(予備校)・家庭教師とか)
  2. 習い事と呼ばれるもの(そろばん、運動:サッカーとか、自然体験)

の2つに分けられると思います。

その前に、、、「重要」か?

「重要かどうか」という指標が的を射たものではないような気がします。
まあ、問いを否定するのは回答としては間違ってると思いますが、、、(笑)。

学校以外の教育活動(社会教育)が存在する意味は「学校ではできない・やりきれないことは社会が担う」という考え方だと思うのです。「教育は全部学校がする」という考え方が昔からどこかにあって、、、それが「学校以外の教育」という考え方を生んでいるような気がします。その結果「学校以外の教育が必要なのか(重要なのか)?」という方向に進みやすくなってる、、、んじゃないかなー、と。

また、問いにおける「学校以外の教育」の意味が「学習塾」を指し示しているように感じてしまう、、、のは私だけではないと思います。つまるところ「学習塾での教育は必要なのか?」という問いに見えたわけです。

、、、という前提で、以下書いておりますm(_ _)m

塾じゃない社会教育(習い事)のお話

とても大事だと思っています
特に、学校では絶対に無理なレベルのことを学ぶ機会を得られるもの、、、例えば「ピアノ」「絵」とか「サッカー」「野球」「バスケットボール」といった専門的なものは、学校の先生だけでは教えきれないものだと思います(部活でできる、という話もあるかと思いますが、あれは「教員の仕事」として法律的に認定されていないことになってまして、、、グレーゾーンなお仕事になってるのでココでは「部活は学校教育ではなく社会教育」として扱うことにします)。

重要か?と問われると「ご家庭ごと考える必要のあること」というのが答え方の一つだと思います。
ただ、子どもたちの成長の過程で「何か楽しんで打ち込めるもの」があるのはとても良いと考えています。

「打ち込んで楽しんでいるもの」を極めていく子もいるでしょうし、そうではなく「ただ楽しいからやってる」という子もいるかと思います。「プロ(専門家)になる夢がないなら無理してやらないでいいんじゃない」という人もいるのですが、、、そんなこと関係なくやっておくといいのになーと思ってます。

ランディ・パウシュ曰く「ヘッドフェイク」=「学ぶべきこと/ものを別のことを通じて学ぶ」「最後の授業」より)があるんですよね。
「野球やピアノを習っていたら、気がついたら話を聞く姿勢が良くなっていた」といったこと、、、ホントは「その技術を学ぶ」だけのはずが「それ以外も学ぶ」ことが起きるわけです、特に専門的なことを習っていると多いように思います。ランディ・パウシュ氏はアメフトの話をされてますが、運動全般、プログラミングや音楽(芸術)なんかでも起きるかなー、と思います。なんでもいいんですよね、子どもが興味を持ったことにトライさせてみて、、、何か得るものがあるんじゃないかと思います。

本来、教育は明確なゴール(目標)を持って行うものですが、明確な成果が得られたかどうかは短期的にわからないことも多いです。ある日気がついたら「ああ、あれがあったからか」という結果・成果があるんですよね。
もちろん、狙いを持って習い事をさせることが一番大事です。
ただ、「何もできないまま」だった習い事も何らかの意義が突然現れることあるんですよね、、、。
そんなわけで、どう評価/判断するか、ご家庭ごとに違うだろうなーと思ってます。

塾の話(学習を中心とする社会教育の話)

重要か?→「そこまで重要じゃない」が私の答えです。

学校での教育の中心は「学習」にあると考えています(「人間形成を中心にしている」のであれば定期テストや宿題・小テストは必要ないハズなんで)。
学習を学校以外で行うことは時間的なコストがとても大きくかかるため、あまり現実的ではないと思ってます。学校は毎日6時限の授業を行っていて、、、それは1週間で30時限、24時間くらいの時間を使って行われています。「同様のことを学校外で行う」ためには(若干少なくても大丈夫だと思いますが)同程度の時間を必要とするでしょう、きっと。

学校に通いながらであれば同じだけの時間する必要が無いので、「毎日2時間」とか「週3回2時間ずつ」といった形でやるのが塾や家庭教師の一般的な感じかと思います。

さて、学校以外の教育が「重要かどうか」というのが今回の話です。
結局、「ご家庭ごと考える必要のあること」という話だと思います。
その生徒さんごと状況が異なるんで「一律に重要だ/重要じゃない」と言うことじゃないというのが基本的な考え方だと思っています。

ただ、私としては「塾(家庭教師)で学習することはそこまで重要じゃない」と考えてます。ホントにその生徒が「わからないことを理解したい」とか「テストで点数が取れるようになりたい」と考えていて塾に通うのであれば「学校以外の教育として塾は重要だ」と言い切っていいと思うのですが、、、大半の生徒はおそらくそうではなく「自分からやるわけではなく、保護者に言われて通ってる」だけで、、、。そうであるなら、そこまで重要じゃないかな、と思うわけです。

習い事との大きな差は「自ら・自分からかどうか」だと思います(あ、もちろん習い事でも「やらされている」があるので、一概に言えませんが、、、)。
自分から「やりたい」と思ったことは習い事のところでも書いたように

教育は明確なゴール(目標)を持って行うものですが、明確な成果が得られたかどうかは短期的にわからないことも多いです。ある日気がついたら「ああ、あれがあったからか」という結果・成果がある

ので、やる意味がある(=重要であると言える)と思うのです。
でもやりたいと思っていないとき、、、その「明確ではない、結果・成果」が得られにくい(というか得られない)ので、やる意味がない(=重要では無いと断言できる)と思うわけです。

そのどちらになるか、、、はその生徒さん次第ですよね?
で、「(重要な人もいるし、重要じゃない人もいるので、誰でも絶対)そこまで重要じゃない」という表現になる、、、ということです。

まとめ

問いとして教育に関して「重要か?」という聞き方が適切ではないような気がします。「生徒さんごとにそれが重要かどうかを判断するべき」で「一括にしてしまう」ことは違うような気がしています。
そうは言いつつも、、、今どんなこと(教育)をするとこの先どうなるか(結果がでるか)、予測を立てないわけにはいかないわけです。目の前の生徒(子ども)にこの先何をすると良いのかを考えないことを教育とは呼ばないわけです。

私の小学6年生の時の担任曰く「瞬間は永遠なり」→「今を積み重ねないと未来はできない」。
今、この先を考えて進めていかないと教育の結果は得られないわけです。でも先を考えすぎて「このやり方は重要か?」と考えて教育をしていくと、今の生徒(子ども)を見落とす可能性が高くなって、、、。
結局、教育論でよく出てくる話「バランスをとって」という結論で、、、面白味がないんですが(笑)。

そのバランスは生徒さん(お子さん)ごとに違うわけで、、、それを見極めることが重要です。
「学校での教育・学校以外の教育で教育の重要度が変わる」というのは「人を中心に置いていない」(≒ルールを重要視しすぎている)ように思いますが、、いかがでしょう?

まとまらずm(_ _)m

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教育論と言われるものはどうしても最終的に「バランスをとって」という平均値に近くするような、ぼんやりとさせるような結論が多くなりがちで、、、。
それだけに明確なことをいうと目立って「良いこと言っている」ように見えがちですが、、そうでもないんだよなー、両極端の話を伝えた上で、明確な意見を伝えるべきかなーと思っています。

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この記事を書いた人
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名古屋出身・富山大学卒・富山で小学校講師・北海道で公立高校教員・家庭教師をしていたら塾ができていました。

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