わかりやすさ。

わかりやすい、というお話

noteに書いた文書の焼き直しです。一部増量しておりますm(_ _)m

ngapyody|note
札幌で塾と家庭教師をしています。

に色々書いています。
今回のお話は

「わかりやすい表現でわたしを納得させてみろ」という尊大なクレーム精神は、現代人の病。
「わかりやすい」は正義だ。 忙しい毎日を送るわたしたち現代人は、他人から与えられる「わかりやすさ」で時間と労力を節約しようとする。   「1日5分でわかる 経済学」 「1週間で中学英語をらくらくマスター」 「だ…
がネタ元、、、というかスタートです。

理系にありがちな「わかるように話さなきゃダメ」という思い

私自身、大学で生化学(やら生物物理化学)分野の研究をしていて「できるだけ専門でない人にも理解できるように噛み砕いて説明する」が大事だと教えられていました。で、今でもそれが基本的には正しいと思うのですが、、、「わかりやすく説明する」はどこまで必要なんだろうか、という議論を大学時代(大学院時代だったかも)に友人としたことがあるのです。

友人曰く

その友人も理学部な人(雪氷学の人)だったんですが、(確か)こんな話をしてくれました。

文系の研究発表では難しい用語をわかりやすく表現しなおすという考え方はあまりなく、「その用語を理解できないなら、その研究を理解できない」「理解できないことを論ずることはできない」という考えがあるらしい。

正直、衝撃的でした。「できるだけわかりやすく他者に説明することが理学においては重要」「何故なら(社会全体に)理解されることが重要だから」というのが理学部での「わかりやすく説明する」という考え方でした。
わかりやすくすることがわかりやすいとは限らないよね」というのは我々にもわかりきった事でした。だって「cAMPがセカンドメッセンジャーとして働く」ことを理解していないのに「cGMPの影響下でのCaイオンでの繊毛逆転現象に関係するタンパク質」のお話を本当に理解してもらえるわけが無いわけですよ(笑)。
「用語を知らない人に、それを理解してもらう」ことの難しさ、、、スゲー難しいなー、と思っていたところに「用語理解できないなら、理解してもらわないでも良い」と言わんばかりのお話。「あー、そうだよなー」と思っちゃったわけです(笑)。

「わかりやすく説明すること」と「理解してもらうこと」

当時、大学で卒業研究していた私や友人がしたかったのはおそらく「理解してもらうこと」でした。自分がやってる研究が面白いし、その「知的な楽しさ」や「新たにわかったこと」はワクワクするわけです。その細かいところまで「理解して欲しい」と思うわけです。「理解してほしい」ので「わかりやすく伝えたい」わけです。でも「わかりやすく説明する」と、どうしても「本来の知的な楽しさからずれる」ことや「わかったこと、ではなくその前段階の説明が長くなる」など、いくつかの面倒な状況が生まれるわけです。
で、悩んでいたわけです。「理解して欲しい」けど「わかりやすく説明することが良いとは思えない」ので。
当時、私の中では一つの解答として「そうは言っても理科離れとか言われてるし、誰が聞いてもある程度理解できるところまでわかりやすい説明にするべきだ」と思っていました(し、今でもそう思っています)。無理に全て簡単にする必要は無いけれど、入り口として「わかりにくい/わからない」にならない程度にわかりやすい説明にしていくことは必要で、、、。でもわかりやすくすることが絶対に必要なのかどうか、、、は常に考えていないと「わかりやすくないとわかってもらえない」になる(というか、なっている)と思っていました、、、大学時代(15年くらい前)に。

「わかりやすい説明が無いと勉強しない」生徒たち

今、教える立場になりネタ元で書かれていたような「自分で理解しようとしない」という話はよくあります。
「自分で教科書を調べない」「授業で書いたノートを見なおさない」「説明で書いた紙を持って帰らない/その場で捨ててしまう」は当たり前のように毎日あります。たぶん「誰かが教えてくれる(説明してくれる)」のが当然の感覚なんだろうと思います。最悪「ググればなんとかなる」と思っていますし、事実ググればわかりますよね(笑)。でもググらないです、絶対に。「誰かが説明してくれる」のを待っていて、自分から動くことをしないです。
わかりやすくすることの弊害、ってのは多々生まれていて、、、。それは随分昔から言われていたような「自主性が足りない」とか「自立(自律)しない」といったこととほぼ同じなような気がしています。
たぶん、今年だけとか急に始まったことではないので「わかりやすい説明による弊害」がなくなる/元に戻る、には10年といった単位が必要なんだろうと思っています。一人ひとりが意識して行動するだけじゃなんともならない事のような気がします。
学校の授業やら教える/教えられるの関係性とか「主体的」とか「受容的」とかいう部分のお話で、、、。
教育だけに限定したとしても「わかりやすく教える」だけでなく「しっかり考えて自分の言葉で解答を出す」といった正解が無い問題をたくさん扱う授業に変えていかないとダメでしょうし、そういった勉強・学習について保護者のサポートが必要(小学校から変えていかないと!ですので)で、、、と考えていくと、教育に限定したとしても、大人たちの考え方まで変えていくような話になるなあ、、、と思うのです。
「わからない所がわからない」は、わかりやすい説明の弊害なんだろうなー、、、と思いつつ。

入塾・家庭教師に関して

「わからない所がわからないんだよねー」は塾/家庭教師ではよくある状況です。改善する方法はあるんですが、生徒さんごと、感じ方(わかる・わかりやすい)が違うので生徒さんに合わせてわからないをわかるようにしていたりします。個々にやることが違うので基本1対1でしかできない、、、効率の悪い塾ですm(_ _)m(笑)

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この記事を書いた人
すぎやま

札幌の家庭教師屋さん・家庭教師がつくる塾BASEの人
名古屋出身・富山大学卒・富山で小学校講師・北海道で公立高校教員・家庭教師をしていたら塾ができていました。

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