おもしろいで終わるか、誰かに伝えるか、というお話。

「おもしろい話」を聞いた時に「あー、面白かった」で終わるか「誰かに話をする」か、、、で、ちょっと(だいぶ?)違うかもしれないなー、というお話です。

「ドーナツの穴の話」

よく授業の合間に余計な話をするのですが、、、、

「ドーナツの穴はあるけど無い」という話をよくします。

ドーナツの穴は「従属的存在」で、ドーナツ部分によって穴が存在する、、、みたいな状態なわけです(わかりにくい、、、)。
まあ、簡単に言うと「穴はるけれど、そこには何も無い」という話です。

で、、、、。
「穴がある」=「存在する」なら「穴を残してドーナツを食べることができるはず」だから、どーやって食べる?と聞くわけです。

生徒は色々考えて答えを出してしてくれます。
「ギリギリまで残して食べればいい」(→ × 食べ残しているからダメ)とか
「穴は残らない!」とか
「ホントは穴はないんでしょ?」とか、、、色々と答えが出てきます(笑)。

で、こんな答えを話すんです。

ドーナッツの穴が存在していると仮定する。」と
「ドーナッツを食べることで、その穴(の存在)は広がる。」
「よって、食べることでこの世界全てがドーナッツの穴になるハズ
!」、、、って話すんですよねー。

色々反応はあるんですが、概ね「笑う」方向の反応が返ってくる感じですね(笑)。おもしろがってくれるわけです。

「おもしろい」で終わるか、「誰かに伝えよう」になるか

この話だけではないんですが、、、
小話をした後(授業が終わった後)、、「おもしろいで終わる生徒」もいれば、「保護者に話をする生徒」もいるんですよね。

「おもしろいで終わる生徒」たちは、「面白さを自分の中だけで完結」させていて、「保護者に話をする生徒」たちは、「この面白さを誰かにも伝えたい」と思っているよーな気がしていて、、、。

単に性格とか考え方とかが違う、、、と言ってしまえば、まあ、そうなんですが(笑)。

何となく、「他者を意識する力」、、、自分以外の人の存在を意識して「その人がどう感じるか、どう受け取るかを想像する力」が関係してるよーな気がしてます。
「自分の中だけで完結」してる生徒は、あまり「自分以外の外側・社会を意識していない(できない?)」ような感じがする時があって、、、。
発達障害がある場合、他者への意識が低い(周囲への興味が薄い)ことが多いと言われていて、、、。
ただ「話をするかしないか」だけなんですが、そういった「他人(自分以外)への興味・社会的な興味関心」が見えているよーな、、、気がします。

「伝える」には必要な力がある

伝えるためには、「話を記憶」していて「説明する」ことができないとダメなわけで、、、技術?力?能力?が必要になるわけです。
さらに言えば「この話をしたら、おもしろがってくれるだろうな」という想像力(相手の反応を想像する力?他者を意識する力の一部?)が無いとそもそも「話をしたい」とはならないわけで、、、。

実は「考える力」「論理的思考」と言われる事ができないと伝えることは非常に難しいものになります。
どの順番で考えて話すか(=どういった順序で伝えるかどこに力を入れて話すか(=話の重点はどこか、そして今回の「ドーナツの話」のような話の場合「話(説明)の内容は覚えていられるか」など、、、。
必要な能力・技術「内容覚えていて・伝える順番・話の重点わかっていて(オチを付けて話せて)・話の最後に説明できる」ができる必要ある、となると、、、。
さて、単純に「おもしろい話を聞いたから誰かに話をできる」でしょうか?

「色々、できないことがあって伝えられないんだなー」と私は思っていて、、、。
生徒ごとに違いがありますが「何か1個できないだけで、伝えるのは難しい」ようです。

何かできることはある?

話を聞いてあげてください
たぶん、、、まともに話が繋がってなかったり、ブチッと切れたり・飛んだりしてると思いますが、聞いて、、、そして「へー、そうなんだ」と「共感+ちょっと褒める」ような返事をして欲しいです、、、例え「何言ってるかよくわからんなあ、、、」と思ったとしても(笑)。

「話を聞いてもらえる」と思うと「話をたくさんする」ようになります。
そうすると桶屋が儲かる「外の世界(社会)に興味を持つようになる」と言われています。外の世界に興味を持つと「他人に理解できるように話をする」という言葉の意味を理解できるようになります。
「他人が理解しないのはそいつが理解しようとしていないからで、私はちゃんと話をしているんだ!!!」、、という感覚の子は多くいるのです、、、。

もう一つありまして、、、、。

主語と述語、、、特に「主語は何?」と聞いてみてください
普段の会話は「主語が省略されていても、(話の流れで)わかる」ことが多いですが、こういった「伝えようとする」時は、「主語の省略(述語の省略)は、何を伝えたいのかわからない」ので、省略して楽に話そうとするのはダメ!なんですよねー。(細かい事を言っていいなら「目的語」も大事です。「私は学校に行く」の「学校に」の部分が目的語)

高校教員している頃(15年前くらい)から、「主語なしで、伝えようとする」生徒がたくさんいまして、、、。
曰く「痛めたっぽいんで、部活休むって」(誰が、どこを?誰に、伝えるの?言ってただけ?伝言??)
「(職員室の入り口付近から)センセー!わからないです」(どの先生に?何が?)
「来週までに、できたらいいかな?って(宿題を出して、どのくらい頑張る?への返答)」(誰が、何を、何ページ・どのくらい?)
、、、、LINEの影響は特に大きいなあ、と思いますが「短文(一文)でやり取りする」事が普通になりつつあるので「長い文章を書く・前後のつながりを意識する」ことは非常に難しいことのようです。

そして「一文でのやりとり」ですと「主語の省略」は当然のこと(対話において、主語はテンポを崩す存在であることがわかっていますし、、、)で、、、その結果「普段の対話だけでなく、授業中の質問に対しても一文で答える」ような生徒が多くなりました。
、、、一文で答えるならまだ良くて、大半の生徒は「単語」で答えることが多くなりました。

「勉強をしやすくするにはどうしたらいいでしょうか?」→「机!」
、、、みたいな答え方をするんですよね、ホントに。「言ってないけれど、伝わる」と言わんばかりの省略。名詞だけで答える子の多いこと多いこと、、、。

まとまらないまとめ

  • 「自分以外の外側・社会を意識していない」ことで、話を聞いても「伝える気にならない」こと
  • 「内容覚えていて・伝える順番・話の重点わかっていて(オチを付けて話せて)・話の最後に説明できる」という力が無いことで、伝えたくても伝えられない

この2つがおもしろい話を聞いた時に「おもしろいで終わる」か「誰かに伝えたいと思う」か、の違いを生んでいるよーな気がします(特に、前者「自分以外の外側・社会を意識していない」ことが大きい要因かな、と思っていますが)というお話でしたm(_ _)m

国語(主語・述語・目的語)だったり、算数・数学(考える順序)の方が「伝える力」を身につけるのに必要なことだと思いつつ、、、余計な小話をして「伝える力身についてくれたらいいなあ、、、」とか考えております(笑)。

ドーナツの話じゃないですが、、、穴は「無いけどある」、「伝えたい」ってのは「目に見えるものじゃないですが、ある」もので、、、。そう思ってくれているなら、きっと「論理的に考える」とか「伝えるための力」とかはゆっくり身についていくハズ、、、だと思っています・思いたいなあ・思えるといいんだけど、、、正直あまり自信は無いです(笑)。

話、聞きましょう。前後ぐちゃぐちゃ・大事なところがすっ飛ばされている・オチもない、、、であっても笑顔で「へー、おもしろいね!」と言ってあげてください(笑)
それ、大事かもしれません。

おわり。

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この記事を書いた人
すぎやま

札幌の家庭教師屋さん・家庭教師がつくる塾BASEの人
名古屋出身・富山大学卒・富山で小学校講師・北海道で公立高校教員・家庭教師をしていたら塾ができていました。

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